自然状態の仮定から、社会契約を説いたのは偉大な思想家ホッブズであった。それがロック、ルソーと続き、現代ではロールズがややこしい契約論を記している。
その偉大な思想家ホッブズを最近読みかえいしているのであるが、前回読んだ時の記憶がない。線は引けども、理解をしていない。ということで初読だという感覚で読んでいる。
読んでいて思うのは、まず、自分がやっとこさ、ホッブズが言っていることをある程度理解できるようになったということ。決して全部ではないが。。。これに尽きる。解釈学的循環の輪の中にやっと入れたということであろうか。おそらく僕はその外側にいたような気がする。この表現が解釈学からして適切かはたぶん微妙だと思うけれど、実感としてそんな感じである。
まぁ、個人的な実感はこの程度にしておいて、思いついたことを少しここに記録しておこうと思う。
備忘のためにここに箇条書きして後から詳しく書くという感じにしたいが、過去すべてそれが中途半端に終わっているので、今回はどうにか書き終えたいと思う。
①進歩史観
②生きる権利と死ぬ権利
③言葉に宿る魂と英語
最後の③についてはホッブズの内容というよりは自分の妄想なので、ホッブズに怒られるかもしれない。
さっそく、進歩史観について。
最初に断わっておくが、僕はここでホッブズが進歩史観に立って物事を論じているということを言いたいわけではない。究極目的は存在しないというホッブズはもちろんそういった考えを否定する。逆であり、僕が無意識のうちに進歩史観にたって偉大な思想家の著作を読んでいたということである。そして、僕はその傲慢さに、というか無知さにバスの座席の片隅で恥じ入ったのである。畢竟して言ってしまえば、昔の人なのにいいこと言ってんじゃんみたいな感覚、現代にも通じるよねみたいな感覚を持って最初読んでいたということである。この進歩史観を僕は採用しないし、ある種の嫌悪感を抱く。ここで自己弁護をさせていただくと、完全に進歩史観に浸っているというわけではなく、進歩史観の残滓の匂いがしたという程度であると弁明しておきたい。
進歩史観というのはダーウィンが適者生存により唱えた進化論を人間社会に応用するところに特徴がある(たぶん。その歴史はもっと古いのかも)。これによりいわゆる文明国家たる西洋が他国に近代化をすすめるという、また文明の発達についての時系列的な優劣を論じる人々が出てくるのである。ヘーゲルからナチスに至るまで、またヘーゲルを批判的に継承したマルクスなど、進歩史観がいきつく先はある種の革命理論である。進歩する方向性があるということはそのベクトルの強さを強めればよい。そういうことになるのである。現在では、フランシスフクヤマが歴史のthe end of historyを著して脚光を浴びた進歩史観。その進歩史観に自分がある程度与していたことはショックであった。
僕が進歩史観を嫌う理由は、使い古された言葉になるが、人の生の一回性ということになろう。進歩する未来があるのであれば、道具化する人間が出てくる。しかし、一人ひとりの生はそれ自体が一回ぽっきりぶっつけ本番であり、それをある方向に進歩する歴史の道具に堕するのは理論としていかがなものかという気がするのである。歴史の中に人の生があるのではなく、人の生の積み重なりが歴史なのである。社会制度はあくまでも文脈依存的なものであって、その時代その時代の問題を反映し、ある種の時間的風化に対する耐久性というものは弱い。そうである以上、人間の歴史を見た限り、進歩というよりは同じことのく返しであり、ある種の相対主義的な前提に立つべきであろう。ここで断わっておきたいのは、人の生が一回きりだから生きる価値があるとかそういう説教じみたことではない。ただ、人は進歩できるほどに賢くはないということである。究極の例を挙げるのであれば、進歩できるのであれば戦争はなくなるということ。全体としての物質的繁栄、発展である。進歩という価値的地平、キムリッカに従うのであれば平等性への志向を実現するような、前進については人間はできないということが妥当である。
おそらく物質的には過去より現在のほうがはるかに発展している。ただ進歩はしていない。こういう信念にもかかわらず、自分にそういう側面があったことは今後の課題であろう。確かに理論自体のレレヴァンスは理論が文脈依存的である以上現代の書物に比べて低いのは当然である。しかし、その低下とホッブズの知性の高さは無関係である。その書物が書かれた文脈に即して、その書物を理解する。そんな常識的なことを本を読みながら実践するのがどれほど困難なことか思い知らされたのである。
自分は思想史を専門にしないが、一個の著作から一つの言葉を引用するというときに、小野先生が書いた「古典を読む」という本に書かれていることを肝に銘じて今後も研究を続けられればと思う。それは長くなるが以下のようなものである。
わたしたちは、様々な手掛かりによってある古典を選び、自分の問題関心からそれを自由に読んで、その結果、そこに共感できる部分、役に立つ部分を見出して満足するのです。・・・・・その読み方は完全に自由であり、もっとはっきり言えば自分勝手であり、著者の意図、真意などは無視してもかまいません。・・・・・でも、古典を読むことを研究している研究者にはこのような読み方は許されません。著者が具体的な読み手として誰を想定しているかは極めて重要な問題であり、その点を明確にするためにはそれが書かれた時代状況を明らかにすることが決定的に重要です。
僕の専門は一応国際政治ということになるので、こうして研究された古典を現代的課題に応用するという側面が入ってくるが、古典を「学問的に」読むということは常に意識しなければならないと思う。学問的な含意以外にも、やはり古典といわれるほどの書物には素晴らしい言葉の数々がおさめられていることは言うまでもないので、そこはそこで個人的には存分に楽しんでいる。
勉強とはどういうものかが過去の自分よりは幾分かわかってきたこともあり、つれづれと思ったことを書いていこうと再開の気分になった今日この頃である。
ただ、過去の文を読み返していても思うのであるが、なんというか結構同じことを手を変え品を変え言っているだけのような気もする。
まぁ、メモ書きだと思って気が向いたときに書いてみようと思う。
というか、書きたいことがあったのでその媒体を求めて、再開したというほうが表現としては適切なような。
前から好きだった寺山修司のハイセイコーという詩を著作権無視でここに載せたい。
すんません。
ふりむくと
一人の少年が立っている
彼はハイセイコーが勝つたび
うれしくて
カレーライスを三杯も食べた
ふりむくと
一人の失業者が立っている
彼はハイセイコーの馬券の配当で
病気の妻に
手鏡を買ってやった
ふりむくと
一人の足の悪い車椅子の少女がいる
彼女はテレビのハイセイコーを見て
走ることの美しさを知った
ふりむくと
一人の酒場の女が立っている
彼女は五月二十七日のダービーの夜に
男に捨てられた
ふりむくと
一人の親不幸な運転手が立っている
彼はハイセイコーの配当で
おふくろをハワイへ
連れていってやると言いながら
とうとう約束を果たすことができなかった
ふりむくと
一人の人妻が立っている
彼女は夫にかくれて
ハイセイコーの馬券を買ったことが
たった一度の不貞なのだ
ふりむくと
一人のピアニストが立っている
彼はハイセイコーの生まれた三月六日に
交通事故にあって
目が見えなくなった
ふりむくと
一人の出前持ちが立っている
彼は生まれて初めてもらった月給で
ハイセイコーの写真を撮るために
カメラを買った
ふりむくと
大都会の師走の風の中に
まだ一度も新聞に名前の出たことのない
百万人のファンが立っている
人生の大レースに
自分の出番を待っている彼等の
一番うしろから
せめて手を振って
別れのあいさつを送ってやろう
ハイセイコーよ
お前のいなくなった広い師走の競馬場に
希望だけが取り残されて
風に吹かれているのだ
ふりむくと
一人の馬手が立っている
彼は馬小屋のワラを片付けながら
昔 世話をしたハイセイコーのことを
思い出している
ふりむくと
一人の非行少年が立っている
彼は少年院のオリの中で
ハイセイコーの強かった日のことを
みなに話してやっている
ふりむくと
一人の四回戦ボーイが立っている
彼は一番強い馬は
ハイセイコーだと信じ
サンドバックにその写真を貼って
たたきつづけた
ふりむくと
一人のミス・トルコが立っている
彼女はハイセイコーの馬券の配当金で
新しいハンドバックを買って
ハイセイコーとネームを入れた
ふりむくと
一人の老人が立っている
彼はハイセイコーの馬券を買ってはずれ
やけ酒を飲んで
終電車の中で眠ってしまった。
ふりむくと
一人の受験生が立っている
彼はハイセイコーから
挫折のない人生はないと
教えられた
ふりむくと
一人の騎手が立っている
かつてハイセイコーとともにレースに出走し
敗れて暗い日曜の夜を
家族と口をきかずに過ごした
ふりむくと
一人の新聞売り子が立っている
彼の机の引き出しには
ハイセイコーのはずれ馬券が
今も入っている
もう誰も振り向く者はないだろう
うしろには暗い馬小屋があるだけで
そこにはハイセイコーは
もういないのだから
ふりむくな
ふりむくな
うしろには夢がない
ハイセイコーがいなくなっても
すべてのレースは終わるわけじゃない
人生という名の競馬場には
次のレースをまちかまえている百万頭の
名もないハイセイコーの群れが
朝焼けの中で
追い切りをしている地響きが聞こえてくる
思いきることにしよう
ハイセイコーは
ただの数枚の馬券にすぎなかった
ハイセイコーは
ただひとレースの思い出にすぎなかった
ハイセイコーは
ただ三年間の連続ドラマにすぎなかった
ハイセイコーはむなしかったある日々の
代償にすぎなかったと
だが忘れようとしても
眼を閉じると
あのレースが見えてくる
耳をふさぐと
あの日の喝采の音が
聞こえてくるのだ
今、大学院試験のために論文を書こうと画策している。テーマは人権の理念と実践。具体的には人権はどこまで普遍化可能なのかということを権利の拡張と実践の開きから最小限の権利にとどめるべきである。というような主張をしようとしている。そのほかは人間の安全保障とかなんかの柔軟な用語で法的にではなく、政治的に実現していくほうがいいのではと思う。NGOとかの人の発言がどうも苦手である。
というようなことを考えていると、やっぱ人権ってよくわからんなぁと思う。人間は等しく尊厳を持つ。ここらへんから理解ができない。人間は平等でもないし、人の命の重みは等しくもない。そのどうしようもない事実から出発したひとつの物語、フィクションが人権特に消極的自由において与えられるものなのではないだろうか。ということは人権の裏側にはどうしようもなく汚い人間性が隠されており、人間の悲惨さへの小さな抵抗でしかないのでは。人間にはそれだけで生きる権利があるという人権の積極的表現は聞こえがいいが、おそらく事実は逆で、人間は自分以外の生殺与奪を決定できるほどに立派ではない、ゆえに誰も人間が作り出だしたものによって生死を決されることはないというきわめて悲観的で消極的な命題によって基礎付けられるのではないだろうか。と思う。いい人もいれば悪い人もいる。人権は生命の権利だけを認めて、そのほかはそれを司法的正義で断罪するより、人間の安全保障などという得体の知れない概念で政治的に保障していったほうが筋が通っていると思う。
というようなことを論文にまとめられたらなぁ、と思っているが、なんともまだまだである。
内田さんのブログより。
『なぜ、そのことをしなければならないのか、その理由を「それがもたらす利益」によって実定的に言うことはできないが「どうしても、そのことをしておかないと、 『よくないこと』が起こりそうな気がする」という直感に基づいて、誰にも命じられず、誰にも責任の分担を求めず、固有名において「そのこと」を敢行できる人間、それが「大人」である。
カミュが言ったように「いかなる上位審級も規矩として機能していない局面で、なお適切に行動することができる能力」が人間の真の人間性を構築しているのである。
「大人」というようなむずかしいものに定義の決定版があるはずはないのだが、とりあえず、これが今日の「大人の定義」である。』
そんなことを考えていると、自分が“概念”と言う言葉を日常の会話の中で使うようになったのはいつからかなぁという疑問がわいてきた。大江健三郎は「壊れものとしての人間」のなかで、読書は真の経験足りうるか、それによって育てられた想像力は現実世界への想像力たりうるのかということについて述べているわけであるが、そのなかで、象徴という言葉について、そのもととなったSYMBOLとの緊張関係を述べている。言葉というのは一種の概念記号であり、その言葉の裏側には大きな語られなかった闇があるのである。大江健三郎にとって故郷の河を泳ぐあゆは図鑑にのっているあゆとはまったくの別物であり、この両者の緊張関係というのは避けられないものである。象徴という言葉に関して言うと、これは第二次大戦後、神格化されていた天皇が人格化され、象徴天皇としての地位を得るにいたるわけであるが、この和製の“象徴”という言葉に込められた意味と、英語でのSYMBOLに込められた意味はおのずと正反対であるという事実がある。否定的、消極的な前者に対して、肯定的積極的な後者である。ということである。確かに。現在、その違和感は少なくなって来ているものの、直訳するとどうしても象徴になるのであるが、その違和感を抑えるため、日本ではシンボルというカタカナができたのではないだろうか。おっと、脱線してしまった。大江健三郎はこの象徴ということばを小学校の作文で用いたらしいのだが、先生に新しい言葉を用いようとする心意気やよしと言った具合に評価されたらしい。ほかにもこの本は、読書の経験が架空であるにしろ、自身への衝撃は現実のそれと同等どころかむしろ上回ることすらありそれをどう理解するべきかなど、いろいろ示唆的で面白いのだが、まだ文章にできるほど理解できていないので妄想のきっかけになったことだけここに記して先に話をすすめる。
この象徴をめぐる逸話は僕の大学一年生のころにだぶる。僕は一年生時、物見遊山的に哲学の講義に出ていた。そこではシニフィアンとシニフィエの違い、概念とはなにかなど、ようするに外国語が話されていた。当時僕は概念と言う概念がわからないと言っていたが、今思えばこの発想ができる分ある程度体得はしていたのであろう。個人的には概念と言う概念がわからないとのたうちまわり日常の事象に埋もれているほうが楽しかったのであろうが。この概念と言う言葉をある程度理解し、少々の違和感で使えるようになったのは確か、プラトンのイデア界についていろいろ聞き、それが数学と非常に親和的であるというか、そういった話を聞いたときである。あ、概念は概念でしかないんだ。と思った記憶がある。それでは人はいつから概念操作を覚えるのであろうか。これはかなり早い段階である。概念を通して世界を見るのは言葉を覚え始めてからであろうが、それを操作して遊ぶのはおそらくは小学校低学年から中学年くらいではなかろうか。こんなことはたぶん、発達教育学とかの文献読めばすぐ出てくるのだろうけど、自分の体験ベースにしたい。要するに自分が概念操作で遊びだしたのはいつからだろうか、ということである。ひとつの試金石がある、不謹慎ながら、クレヨンしんちゃんの作家が亡くなってくれよんしんちゃんについて考えていたときに連想されてしまったのであるが、それは“雲古味のカレーとカレー味の雲古たべるならどっちがいい?”というよう投げかけである。これに対する答えは人それぞれであろうが(味がどうあれカレーはカレーだと言う理由で雲古味のカレー派が当時有力であった)、これは二つの概念を組み合わせ現実には当然には存在しないものを実態として想定すると言う意味でかなり高度な概念操作だと言えるだろう。このように自分は概念をすでにつかっていたのだなぁと思うしだいである。ただ、概念という言葉そのものは大学2回生以降だと思う。
くれよんしんちゃんといえば、よく母親とそのすばらしさについて話し合ったものである。PTAのあたまかちこちのばかなおばさん連中がみさえという呼び名が教育上よくないだとか下品だとか言って今は母ちゃんになっているし、見せたくない番組のわーすとをいつも記録している。そういう世間の反応については野原家の真実の愛などという戯言に踊らされない家族愛のあり方、一般的にくだらないとされることのよさを説く世の中に対する見方の大切さを反論したい激情に苛まれたものであった。あんたらの品行こそが下品極まりないんじゃないかと。変な理屈つけて反論するそのやり方が、純粋なしんちゃんのすばらしさとのコントラストでとても醜く感じたのを覚えている。
時々飲むとクレヨンしんちゃんねたで盛り上がる友人がブログの中で
『ただ、不謹慎かもしれないけど、せめてもの救いなのは、
やっぱり不運な事故だったという事。
報道などで「自殺では?」というのが取り上げられていましたが、俺は事故だと信じていました。
だって、飛び降りるつもりで崖に立ったなら、
しんのすけに「ずるいゾ!」って言われるに決まってるじゃないですか。 』
と書いている。やられた、と思った。この「ずるいゾ!」が妙にリアルにその顔までが思い浮かんだときはこの友人にしてやられたと思ったし、そのリアルさを自分のどこかに残してくれたくれよんしんちゃんに感謝したいと思う。
はて、題名の「おとな。」であるがこの「。」がこのような用いられ方をするようになったのはモーニング娘。からであろうか。この「。」は本来一文をびしっとしめる役割を負っている記号であるがこの使い方はなんとも面白い。少子化でなく増子化社会であると説く内田さんのブログを言い換えれば、この国にあふれているのは大人というよりこの「おとな。」のような気がする。といえるかもしれない。
最近読んだ本:壊れものとしての人間~活字のむこうの暗闇。大江健三郎
或る女。有島武郎。ほかに小さき者へはかなりよい。涙しました。