これは3/22付け日記。編集の間違いでここに来てしまった。。。
今日はちょっと本を読んだ。堤未果さんのアメリカ弱者革命という本。ちょうど半年前にバイト先の人に借りたのだけれど今日始めて手に取った。
よく、物事を多面的に見ることが大切だとか、物事の一面だけを見て判断するなとか、真実を知ることが大切だということが当然真であるように言われる。僕は分からない。そうしたことがどういったことに繋がるのか。知ってどうするというのだろうか?何かにプラスに働くことなのかもしれない。ただ、これに便乗して使われる言い訳がある。
”まだ自分はよく事実関係を知らないので。物事を多面的に見れないので。判断はできません。”
あなたはもし真実を知れて、多面的に物事を見れるようになったと仮定したとき、そのとき責任を放棄したその判断を下すことができるのだろうか?そこでの価値判断をするほどの価値基準が自分の中にあるのだろうか?それが分からない。この本を読んでいてそんなことを思った。
イラク戦争で一番被害をこうむっているのはイラクの住民かもしれない。でも同じくらい、アメリカ兵もしんどい思いをしている。僕は最初、感情的に、アメリカが起こした戦争なんだからそんくらいがまんしろよ!!と思った。でも戦争を起こしたのは実際は誰なの?アメリカが起こしたという。じゃあアメリカの誰が?戦場で人を殺したのは兵士かもしれない。じゃあ戦場に兵士を送ったのは?そこに集団の決断という非人格的であるがゆえに非情になれる何者かのそんざいがあるような気がした。
誰が悪いのかよく分からなくなる。でも自分は日々なんらかの判断をしていかなければならない。
すごく無責任な話をさせてもらおうと思う。この本には、イラクに派兵されたアメリカ兵やイラク戦争に反対する人の活動が書かれていた。読んでいて、自分が体験したことない範囲の出来事で、想像もつかないことがたくさんあった。ただ悲惨なのだろうということが伝わってきた。しかし、心底そう思えない自分もそこにいた。心のどっかで自業自得だろ、と思っている自分がいて、自分たちが起こした戦争で自分で苦しんで本にまでして、イラクの人の声は届かないのだと思っている自分がいた。たまたま今回手に取ったのがアメリカの人に立脚した反戦の本だったのだが、先にイラク人視点で書かれているものがあったらどういった感じ方をしたのだろう。もっとストレートに反感を覚えたのだろうか。はたまた、アメリカ兵も大変だよねと素直に共感できていたのだろうか。よく分からない。
こんな思いと共に、正直戦争に巻き込まれざるを得なかったアメリカの人たちの現状をはじめて体験に立脚した形で知ったことの衝撃もかなり大きかった。はじめて米兵被害○○名という被害の中身を知った気がした。イラク人はもっと。でもその被害の中身に量的差はあっても質的に差はないのだろう。と素直に思った。矛盾した考えが頭をよぎった。
物事を多面的に理解して。そのあとは?そのあと自分はどうするのか?物事を多面的に理解して混乱する。その先を誰か教えてください。と思ってしまった。迷うことに意義があるのだろうか。そういうなんとなく青春的な感じでごまかしてみる。
話は変わって。
上層部からしたら戦争ってチェスみたいなものなんだろうな。と思った。インドに旅行に行ったとき、王宮の遺跡に言ったのだがどんな世界遺産よりも自分の中では衝撃だったことがある。その王宮には人間サイズのチェス盤があるのだ。王様が地上2~3階からチェス盤に並んだコマ(人間)を動かしてゲームを楽しむのだそうだ。そのコマは裸の女性であったり、コマ同士の戦いをさせたり(聞いた話なので事実的確証は曖昧なところですが)。それでも地球を舞台に行なわれる戦争ゲームよりはいくらかましだと思った。でも真っ先にそのチェスのことが連想された。最低な行為であることに変わりはないのかも。人間の本質はあまりにも変わっていないのだなと自分を省みつつもとても悲しくなった。違う種として認識しているのだろう。
ちょっと印象的な言葉があったので引用してみたい。
「人間を動かす二つのテコは恐怖と利益である」(ナポレオン)
これと似たような記述がこの本の中にも見られた。きれいごととは分かっていても心のそこから賛成はしたくない。
今日はちょっと本を読んだ。堤未果さんのアメリカ弱者革命という本。ちょうど半年前にバイト先の人に借りたのだけれど今日始めて手に取った。
よく、物事を多面的に見ることが大切だとか、物事の一面だけを見て判断するなとか、真実を知ることが大切だということが当然真であるように言われる。僕は分からない。そうしたことがどういったことに繋がるのか。知ってどうするというのだろうか?何かにプラスに働くことなのかもしれない。ただ、これに便乗して使われる言い訳がある。
”まだ自分はよく事実関係を知らないので。物事を多面的に見れないので。判断はできません。”
あなたはもし真実を知れて、多面的に物事を見れるようになったと仮定したとき、そのとき責任を放棄したその判断を下すことができるのだろうか?そこでの価値判断をするほどの価値基準が自分の中にあるのだろうか?それが分からない。この本を読んでいてそんなことを思った。
イラク戦争で一番被害をこうむっているのはイラクの住民かもしれない。でも同じくらい、アメリカ兵もしんどい思いをしている。僕は最初、感情的に、アメリカが起こした戦争なんだからそんくらいがまんしろよ!!と思った。でも戦争を起こしたのは実際は誰なの?アメリカが起こしたという。じゃあアメリカの誰が?戦場で人を殺したのは兵士かもしれない。じゃあ戦場に兵士を送ったのは?そこに集団の決断という非人格的であるがゆえに非情になれる何者かのそんざいがあるような気がした。
誰が悪いのかよく分からなくなる。でも自分は日々なんらかの判断をしていかなければならない。
すごく無責任な話をさせてもらおうと思う。この本には、イラクに派兵されたアメリカ兵やイラク戦争に反対する人の活動が書かれていた。読んでいて、自分が体験したことない範囲の出来事で、想像もつかないことがたくさんあった。ただ悲惨なのだろうということが伝わってきた。しかし、心底そう思えない自分もそこにいた。心のどっかで自業自得だろ、と思っている自分がいて、自分たちが起こした戦争で自分で苦しんで本にまでして、イラクの人の声は届かないのだと思っている自分がいた。たまたま今回手に取ったのがアメリカの人に立脚した反戦の本だったのだが、先にイラク人視点で書かれているものがあったらどういった感じ方をしたのだろう。もっとストレートに反感を覚えたのだろうか。はたまた、アメリカ兵も大変だよねと素直に共感できていたのだろうか。よく分からない。
こんな思いと共に、正直戦争に巻き込まれざるを得なかったアメリカの人たちの現状をはじめて体験に立脚した形で知ったことの衝撃もかなり大きかった。はじめて米兵被害○○名という被害の中身を知った気がした。イラク人はもっと。でもその被害の中身に量的差はあっても質的に差はないのだろう。と素直に思った。矛盾した考えが頭をよぎった。
物事を多面的に理解して。そのあとは?そのあと自分はどうするのか?物事を多面的に理解して混乱する。その先を誰か教えてください。と思ってしまった。迷うことに意義があるのだろうか。そういうなんとなく青春的な感じでごまかしてみる。
話は変わって。
上層部からしたら戦争ってチェスみたいなものなんだろうな。と思った。インドに旅行に行ったとき、王宮の遺跡に言ったのだがどんな世界遺産よりも自分の中では衝撃だったことがある。その王宮には人間サイズのチェス盤があるのだ。王様が地上2~3階からチェス盤に並んだコマ(人間)を動かしてゲームを楽しむのだそうだ。そのコマは裸の女性であったり、コマ同士の戦いをさせたり(聞いた話なので事実的確証は曖昧なところですが)。それでも地球を舞台に行なわれる戦争ゲームよりはいくらかましだと思った。でも真っ先にそのチェスのことが連想された。最低な行為であることに変わりはないのかも。人間の本質はあまりにも変わっていないのだなと自分を省みつつもとても悲しくなった。違う種として認識しているのだろう。
ちょっと印象的な言葉があったので引用してみたい。
「人間を動かす二つのテコは恐怖と利益である」(ナポレオン)
これと似たような記述がこの本の中にも見られた。きれいごととは分かっていても心のそこから賛成はしたくない。
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7/18暑い日。何度かここに投稿した記事にもでてくる、僕が2回生のとき責任者だったチームで久しぶりに集まって飲み会をした。なぜ飲み会を開くことになったかというと、メンバーのうち1人が留学をしていたのであるが、六月の終わりに無事帰国し、お帰りをいうために開かれたのである。
メンバーは男2人、女3人。進路が決まっているのは、メンバーが全員4回生ながら1人というなんともすてきな集まりである。決まってない4人のうち3人はこの夏に大学院試験をうける。留学した人は留年である。なんとも語呂がいい。そんなこんなで久しぶりに集まった5人でわいわい楽しく飲み会をした。それはほんとうに夢見心地なふわふわとしたものであった。ただ酔っ払っていただけかもしれないが。僕は性格が歪んでいると思いきや真っ直ぐなところもあるので、嫌なことがあったときはねちねちと逃げ道をつぶしながら結論を先延ばしにしていくのだが、楽しいことがあるときはそんなに気を長くしてものを書くということが出来ない。なのでばしっと結論を言う。要するに、こう、オレンジデイズだったのである。
今回驚いたことがいくつかある。まず、就職活動というのはやはり人をしっかりしたものにするのだろうなぁということである。僕の周りには驚くほど就職をする人が少ない。そうしたことも手伝って、就職が決まった人に会うと、やはりどこか大人びたものを感じる。というか自分の甘さというか幼さのようなものをこう、くっきりと浮き彫りにされる気持ちがする。5人のうち1人が就職が決まったということは前出のことであるが、僕はこの人と会うのがおおよそ一年振りである。同じ学校にいるものの僕が余り学校に行かないことも手伝って会うことがあんまりなかったため、僕のその人への記憶は2回生のときのままである。そりゃ2回生のときから比べれば誰しも変わるだろうと、すかさず鋭い突込みが入りそうなものであるが、社会の時間の流れと隔絶された空間の生物である大学生はそうそう劇的な変化など遂げない、気がするのである。とにもかくにもその人に久しぶりに会った感想は、大人っぽくなって、しゃべり方とかしっかりしたなというものである。その人は2回生のとき、しっかりしたところがないわけではないが、どちらかというとどこか抜けている、箱入りお嬢様という感じの子だった。それがこの前あったら、なんともこちらがちょっと身構えてしまうようなしゃんとした雰囲気に包まれていた。
もう一つある。留学して帰ってきた人が全く変わっていなかった点である。変わったといえば下ネタのレパートリーが増えた程度である。その日集まったメンバーは留学から帰ってきた人がどれだけ変わるのかと胸をドキドキさせながら待っていたのであるが、何も変わらないそこにびっくりである。好対照をなす2人組みだと思った。
===========
さて、前置きはこれくらいにしておいて、今回の本題に入りたいと思う。自分で前置きながっ!と思い、本題を書く気力が薄れてきたが、ここはすこし踏ん張って書いてみたいと思う。
何度かここに投稿したのであるが、僕は2回生のときサークル活動を結構頑張った。詳しくは長くなるので省略するが、よくも悪くもがむしゃらにつっきったと表現するのが近い気がする。
”サークルを終えて~頑張るということ”で少し触れたのだが、僕は2回生のとき、この日集まったメンバーに下回生を加えたお疲れ打ち上げで、どっきり色紙をもらい、号泣した。僕は本当にめっちゃ幸せだ、と思った。今でもそのときの感覚というか、気持ちの隆起してくる様をはっきりと覚えている。
しかし、物事には必ず裏があるわけで、僕は必ずしもそのチームのメンバーのことを好きか、信じているかといわれたら、自信を持ってイエスということはできなかった。というのも、一年間の活動を通して、やはり怠ける部分であったり、責任感が足りないと思う部分が目に付いたからである。僕に責任感や怠けない心が備わっているかといわれれば、そうは言えない。しかし、当時の僕は自分のことはとりあえず棚に上げて、周りを責め、他人のせいにし、すこし腐っていくという矛盾を繰り返していた。その心持の表れとして、活動の期限を守らないメンバーに必要以上にあたったりもした。そして、そういう状況の中でお疲れ飲み会は開かれた。当時はまだ気づいていなかったのであるが、自分自身の中に抱えた矛盾と、他人への苛立ち、今なら分かるのだが、自分が嫌われているのではないかというような気持ちなどが相まって、2回生の飲み会のとき、楽しいながらもどこか空っぽな、薄氷のヒビを見てみぬ振りしてというか目に入っているのだけど、意識的には認識しないままにその上をすべっていくよなそんな気持ちで過ごしていた。そして、色紙である。そこに書かれた言葉は宝物と言ってもいいものであって、僕の悩みは消えた。その当時考えていたのはみんなが真剣に活動に取り組んでこなかったということであったからその色紙に書かれた言葉をみて、そうではないということに気づき、僕はもやもやしたものをとりあえず晴らすことが出来たのである。
その後しばらくたって、僕はあるもう一つのことに気付き始める。みんながそれなりに自分自身の精一杯の気持ちで活動を続けていて僕自身もいっぱいで。そうして一年間の活動を終えたわけであるが、先ほど書いたように、僕はメンバーにきつくあたることがあったのである。そのことを考えたとき、情けない気持ちとともに、メンバーはもしかしたら僕のことを心底ではあんまり好いていないのではないか、というか苦手としているのではないかという不安がひょっこりと出てくるのであった。それはたまにする飲み会の呼びかけにみんながあんまり反応していないなどの事実によってこの一年、僕の心の中でくすぶり続ける。
7/18。集まった人たち。昔の話になり、僕が号泣した話題が出る。”ほんとがんばってたよなぁ。”とか結構きつい言葉言ってなかった?という問への“いやぁ、よく我慢してたと思うよ。こんなメンバーに”という答。”みんなあんたが思ってるよりもあんたのこと好きやで”というなにげない一言。
なんのことはない、みんなそのときそのときの精一杯の自分でどうしていいかわからないもやもやを、言葉や、態度でぶつけ合っていたのである。そして今もそれぞれが馴れ合うことなく自分が思ったとおりにすすんでいる。そんなメンバーだからこそ僕は好きで、頑張れた。その当時、なにも考えていなかったわけではない。考える余裕がなかったのだ。そして密度の濃い一年もの間。そこにはやっぱり全力の人間関係が築かれていて。そして、僕はそんな人間関係が大好きなのであった。友情とかいううわべだけの美辞麗句ではあらわせないようなそんな人間関係が。僕はその場に確かにあるものに安堵した。寝かすことで熟すものがあったのだと思った。だからと言って傍若無人に振舞っていいかといわれればやはり違う。人のことを考えないのと、人のことを考える余裕がないのは似ているようで違う。そのやわらかいが分厚い壁を突き破らないようにしないといけないと思う。僕は三回生のときその壁を破って向こう側に行ってしまった。その壁は破っている最中にはやわらかく自分を包み込んでくれるから、いつの間にか気付かず反対側へと足を下ろすことになる。人のことを考えることができれば一番それがいいのかもしれないが、少なくともこの壁は越えてはいけないと思った。
僕はほろ酔い気分の中、また涙しそうになる。まるでデジャブだ。ただ、今回は分厚い氷の上を踏みしめながら歩くことが出来そうである。残っているお酒を一気飲みしながら、僕の一年越しの心配事は霧散する。いっきした悠の心配事は、杞憂に終わる。
メンバーは男2人、女3人。進路が決まっているのは、メンバーが全員4回生ながら1人というなんともすてきな集まりである。決まってない4人のうち3人はこの夏に大学院試験をうける。留学した人は留年である。なんとも語呂がいい。そんなこんなで久しぶりに集まった5人でわいわい楽しく飲み会をした。それはほんとうに夢見心地なふわふわとしたものであった。ただ酔っ払っていただけかもしれないが。僕は性格が歪んでいると思いきや真っ直ぐなところもあるので、嫌なことがあったときはねちねちと逃げ道をつぶしながら結論を先延ばしにしていくのだが、楽しいことがあるときはそんなに気を長くしてものを書くということが出来ない。なのでばしっと結論を言う。要するに、こう、オレンジデイズだったのである。
今回驚いたことがいくつかある。まず、就職活動というのはやはり人をしっかりしたものにするのだろうなぁということである。僕の周りには驚くほど就職をする人が少ない。そうしたことも手伝って、就職が決まった人に会うと、やはりどこか大人びたものを感じる。というか自分の甘さというか幼さのようなものをこう、くっきりと浮き彫りにされる気持ちがする。5人のうち1人が就職が決まったということは前出のことであるが、僕はこの人と会うのがおおよそ一年振りである。同じ学校にいるものの僕が余り学校に行かないことも手伝って会うことがあんまりなかったため、僕のその人への記憶は2回生のときのままである。そりゃ2回生のときから比べれば誰しも変わるだろうと、すかさず鋭い突込みが入りそうなものであるが、社会の時間の流れと隔絶された空間の生物である大学生はそうそう劇的な変化など遂げない、気がするのである。とにもかくにもその人に久しぶりに会った感想は、大人っぽくなって、しゃべり方とかしっかりしたなというものである。その人は2回生のとき、しっかりしたところがないわけではないが、どちらかというとどこか抜けている、箱入りお嬢様という感じの子だった。それがこの前あったら、なんともこちらがちょっと身構えてしまうようなしゃんとした雰囲気に包まれていた。
もう一つある。留学して帰ってきた人が全く変わっていなかった点である。変わったといえば下ネタのレパートリーが増えた程度である。その日集まったメンバーは留学から帰ってきた人がどれだけ変わるのかと胸をドキドキさせながら待っていたのであるが、何も変わらないそこにびっくりである。好対照をなす2人組みだと思った。
===========
さて、前置きはこれくらいにしておいて、今回の本題に入りたいと思う。自分で前置きながっ!と思い、本題を書く気力が薄れてきたが、ここはすこし踏ん張って書いてみたいと思う。
何度かここに投稿したのであるが、僕は2回生のときサークル活動を結構頑張った。詳しくは長くなるので省略するが、よくも悪くもがむしゃらにつっきったと表現するのが近い気がする。
”サークルを終えて~頑張るということ”で少し触れたのだが、僕は2回生のとき、この日集まったメンバーに下回生を加えたお疲れ打ち上げで、どっきり色紙をもらい、号泣した。僕は本当にめっちゃ幸せだ、と思った。今でもそのときの感覚というか、気持ちの隆起してくる様をはっきりと覚えている。
しかし、物事には必ず裏があるわけで、僕は必ずしもそのチームのメンバーのことを好きか、信じているかといわれたら、自信を持ってイエスということはできなかった。というのも、一年間の活動を通して、やはり怠ける部分であったり、責任感が足りないと思う部分が目に付いたからである。僕に責任感や怠けない心が備わっているかといわれれば、そうは言えない。しかし、当時の僕は自分のことはとりあえず棚に上げて、周りを責め、他人のせいにし、すこし腐っていくという矛盾を繰り返していた。その心持の表れとして、活動の期限を守らないメンバーに必要以上にあたったりもした。そして、そういう状況の中でお疲れ飲み会は開かれた。当時はまだ気づいていなかったのであるが、自分自身の中に抱えた矛盾と、他人への苛立ち、今なら分かるのだが、自分が嫌われているのではないかというような気持ちなどが相まって、2回生の飲み会のとき、楽しいながらもどこか空っぽな、薄氷のヒビを見てみぬ振りしてというか目に入っているのだけど、意識的には認識しないままにその上をすべっていくよなそんな気持ちで過ごしていた。そして、色紙である。そこに書かれた言葉は宝物と言ってもいいものであって、僕の悩みは消えた。その当時考えていたのはみんなが真剣に活動に取り組んでこなかったということであったからその色紙に書かれた言葉をみて、そうではないということに気づき、僕はもやもやしたものをとりあえず晴らすことが出来たのである。
その後しばらくたって、僕はあるもう一つのことに気付き始める。みんながそれなりに自分自身の精一杯の気持ちで活動を続けていて僕自身もいっぱいで。そうして一年間の活動を終えたわけであるが、先ほど書いたように、僕はメンバーにきつくあたることがあったのである。そのことを考えたとき、情けない気持ちとともに、メンバーはもしかしたら僕のことを心底ではあんまり好いていないのではないか、というか苦手としているのではないかという不安がひょっこりと出てくるのであった。それはたまにする飲み会の呼びかけにみんながあんまり反応していないなどの事実によってこの一年、僕の心の中でくすぶり続ける。
7/18。集まった人たち。昔の話になり、僕が号泣した話題が出る。”ほんとがんばってたよなぁ。”とか結構きつい言葉言ってなかった?という問への“いやぁ、よく我慢してたと思うよ。こんなメンバーに”という答。”みんなあんたが思ってるよりもあんたのこと好きやで”というなにげない一言。
なんのことはない、みんなそのときそのときの精一杯の自分でどうしていいかわからないもやもやを、言葉や、態度でぶつけ合っていたのである。そして今もそれぞれが馴れ合うことなく自分が思ったとおりにすすんでいる。そんなメンバーだからこそ僕は好きで、頑張れた。その当時、なにも考えていなかったわけではない。考える余裕がなかったのだ。そして密度の濃い一年もの間。そこにはやっぱり全力の人間関係が築かれていて。そして、僕はそんな人間関係が大好きなのであった。友情とかいううわべだけの美辞麗句ではあらわせないようなそんな人間関係が。僕はその場に確かにあるものに安堵した。寝かすことで熟すものがあったのだと思った。だからと言って傍若無人に振舞っていいかといわれればやはり違う。人のことを考えないのと、人のことを考える余裕がないのは似ているようで違う。そのやわらかいが分厚い壁を突き破らないようにしないといけないと思う。僕は三回生のときその壁を破って向こう側に行ってしまった。その壁は破っている最中にはやわらかく自分を包み込んでくれるから、いつの間にか気付かず反対側へと足を下ろすことになる。人のことを考えることができれば一番それがいいのかもしれないが、少なくともこの壁は越えてはいけないと思った。
僕はほろ酔い気分の中、また涙しそうになる。まるでデジャブだ。ただ、今回は分厚い氷の上を踏みしめながら歩くことが出来そうである。残っているお酒を一気飲みしながら、僕の一年越しの心配事は霧散する。いっきした悠の心配事は、杞憂に終わる。
今日、昼間は晴れていたのに、夕方から急に雨になり、びしょぬれになって帰ってきた。鏡を見たら伸びてきた髪のせいか、まるで浮浪者であった。明日、カットモデルなどという実験台になるのでまぁいいか。
さて、今日僕はなぜびしょ濡れになったのであろうか。そんなこと問わなくてもわかっている、突然の雨だったからだろう。その通りである。だが僕は憎たらしい性格なので、ただ濡れただけなら、こんな問いかけはしないのでる。そう僕は性格がねちっこくていやらしいのである。
昨日の夜中のことである。前日ペストを読み終え、なんとなく虚脱感に浸り、ぼーっとテレビを見ていたのであるが、そのとき、明日は午後から雨が降るでしょうという天気予報を耳にした。ここ2、3日思わぬ寒さに痛手を食らっていた僕は、天気予報にだけは目ざとくなっていたのである。そうして、今日起床し、新聞でもう一度天気予報を確かめ僕は晴天の中誇らしげに愛車に傘を携えて大学に向かったのである。
そうして僕は今日、結構素敵な日々を過ごした。午後ずっとこもって、誰とも会話してないのだが、『冷戦‐その歴史と問題点』(J・L・ギャディス著)を読み終え、かなりの興奮で高揚感に浸っていたのである。そうして、外が暗くなってテンションあがって帰ろうと思ったときである。愛車に傘がない。結構ビッグサイズの傘がないのである。僕はいつも定位置に愛車を停めることにしているから、見間違うわけはない。しかしそこにあったのは、僕が乗ってきた愛車とは似ても似つかないものになっていた。想像して欲しい。マフラーのなくなったバイクをだれがバイクだと思おうか。僕の愛車からは傘がなくなっていたのである。
しかし、今日大著を読み終え、半ば夢の中にいるような半ば夢遊病者のような僕はそこで近年まれに見る、発想の大転回を行なうのであった。
”たまには濡れて帰るのもいいか。”
ここまで楽観的に物事を考えられたのはいつぶりであろうか。いや、そう遠くない。結構楽観的じゃないですか。そうです。まぁそんなこんなで僕は濡れて帰ったのである。雨に濡れて帰るのは、なかなかに気持ちいいものだ。小学生の頃台風で途中下校になったときのことをついつい思い出してしまう。最初の五歩くらいは母から買ってもらったお気に入りの靴が濡れないように気をつけて歩くのだが、ちょっと濡れてしまえばお構いなしなのである。眼前に常夏のビーチが広がるのである。日常の中に突如現れた非日常。その中で人はついその間を行ったりきたりしたくなるのである。先生が判断を出すのは決まって雨がやみ始めたときなのだが、大体の親御さんは帰ってきた子供たちを見て、なぜそんなに濡れているのか不思議に思われるだろう。傘すらも子供たちはなげうって駆け出すのである。そして帰ってきて泥にまみれた靴を見て、母のあきれた顔を見て、ちょっとさびしくなるのである。
読後の高揚感も手伝って、僕はそんな気持ちでかなり遠回りしながら家に帰ってきた。なんとも楽しい一日だった。そして鏡をみて現実に引き戻された。おっと、周りから見てる人はこの様子を奇怪な目で見るであろう。
さて、ここまではことの成り行きを追ってきたわけであるが、僕は結構楽しい帰り道を来たわけである。ただ、僕が今日残念に思ったのは、傘がぱくられたという事実そのものよりも、雨が降り出した時点でそのことを諦観とともに予期していたというその事実によってである。僕は雨が降り出して帰る頃になって、正確に言うと、図書館から出て駐輪場所に向かう途中において、あぁ、多分傘なくなってるだろうなぁ。と漠然と思ったのである。そして事実その通りになっていた。僕はそのことがあまりにも悲しいのである。
なぜ悲しいのか。僕はまずそのときの状況を自分なりに想像してみた。おそらく、明るいうちにそんな大胆な行動に出れる人はいない。人通りはとりあえず多いのである。自分が乗らないちゃりから傘をとって別のところに向かうことは結構妖しい行為である。おそらくその人は暗がりの中できょろきょろし、そっと取っていったであろう。結構どきどきしながら。とまぁこんな状況だろう。ここでどきどきしない人はもう悲しいというか哀れなのでここでの対象には入れないことにしようと思う。哀れその一言である。
さてここからはそのどきどきしながら行為に及んだ人を念頭に話を進めていく。その人は突然振り出した雨に驚き、濡れたくない気持ちから傘を取ったのであろう。それ以外にはない。その濡れたくない気持ちというのはその人にとってどの程度のものなのだろうか。僕はきわめて重要性の低い気持ちであると思う。些細な、どっちでもいい、言い切ってしまえば濡れても濡れてなくてもいいが、強いて言えば濡れない方がいいかなくらいのレベルであろう。そんな小さな気持ちからかなりギャップのある(少なくとも僕にはそう思われる)行為に至るのである。
人間はここまでギャップのある行動を起こすだろうか。僕は起こさないと思う。重大事項(突発的な激情に基づく行為など)に関してはそういった可能性はあると思うが、帰路に雨に濡れるか否かの問題でそういったギャップを軽々乗り越えることは早々ないように思われるのである。だれだって何度かはそうした経験があるだろうし、結構日常的な出来事なのである。そうしたとき、なぜこうしたギャップを僕が感じたのにも関わらず、こうした事実が生じているのかということについて、考えられる原因は、二つである。一つ目は、そもそも行為の重大性が低い、すなわち、動機(濡れたくないという気持ち)からしたらかなりの大きな飛躍があると僕が思っている当該行為(傘をとる)が実はとても些細な行為であるということ。もう一つは、そもそも動機がその人の存在に関わるような重大なものであり、仕方がなく行為に及んだというもの。僕は後者に関しては起こる可能性が低いものだと思うし、もしそうであるならば別に構わないと思う。
問題は前者である。後者のような場合にしかこうしたことが起こらないと思えるのであれば僕は悲しくならなかったであろう。しかし、現状を見るに前者(突然の雨のときに傘をあたかもそこに落ちているものかのように扱い自分のものにする)のほうが起こりやすいものであるような気がする。そして僕は、人(もしくは社会を取り巻く状況)はそんなものであるというその結論に容易に至ったその事実(傘が盗られたことはどうせ、今日食うものがないから盗みを働くというような相対的には重大な動機によるものではないのだろうと容易に結論付けてしまえるという事実)と、それを認め、いわば諦観とともにそれを受け入れてしまっている自分自身(そうした社会認識の下それになんら反応することもなく、ただ甘受している状況)に二重の悲しさを感じたのである。
さて、今日僕はなぜびしょ濡れになったのであろうか。そんなこと問わなくてもわかっている、突然の雨だったからだろう。その通りである。だが僕は憎たらしい性格なので、ただ濡れただけなら、こんな問いかけはしないのでる。そう僕は性格がねちっこくていやらしいのである。
昨日の夜中のことである。前日ペストを読み終え、なんとなく虚脱感に浸り、ぼーっとテレビを見ていたのであるが、そのとき、明日は午後から雨が降るでしょうという天気予報を耳にした。ここ2、3日思わぬ寒さに痛手を食らっていた僕は、天気予報にだけは目ざとくなっていたのである。そうして、今日起床し、新聞でもう一度天気予報を確かめ僕は晴天の中誇らしげに愛車に傘を携えて大学に向かったのである。
そうして僕は今日、結構素敵な日々を過ごした。午後ずっとこもって、誰とも会話してないのだが、『冷戦‐その歴史と問題点』(J・L・ギャディス著)を読み終え、かなりの興奮で高揚感に浸っていたのである。そうして、外が暗くなってテンションあがって帰ろうと思ったときである。愛車に傘がない。結構ビッグサイズの傘がないのである。僕はいつも定位置に愛車を停めることにしているから、見間違うわけはない。しかしそこにあったのは、僕が乗ってきた愛車とは似ても似つかないものになっていた。想像して欲しい。マフラーのなくなったバイクをだれがバイクだと思おうか。僕の愛車からは傘がなくなっていたのである。
しかし、今日大著を読み終え、半ば夢の中にいるような半ば夢遊病者のような僕はそこで近年まれに見る、発想の大転回を行なうのであった。
”たまには濡れて帰るのもいいか。”
ここまで楽観的に物事を考えられたのはいつぶりであろうか。いや、そう遠くない。結構楽観的じゃないですか。そうです。まぁそんなこんなで僕は濡れて帰ったのである。雨に濡れて帰るのは、なかなかに気持ちいいものだ。小学生の頃台風で途中下校になったときのことをついつい思い出してしまう。最初の五歩くらいは母から買ってもらったお気に入りの靴が濡れないように気をつけて歩くのだが、ちょっと濡れてしまえばお構いなしなのである。眼前に常夏のビーチが広がるのである。日常の中に突如現れた非日常。その中で人はついその間を行ったりきたりしたくなるのである。先生が判断を出すのは決まって雨がやみ始めたときなのだが、大体の親御さんは帰ってきた子供たちを見て、なぜそんなに濡れているのか不思議に思われるだろう。傘すらも子供たちはなげうって駆け出すのである。そして帰ってきて泥にまみれた靴を見て、母のあきれた顔を見て、ちょっとさびしくなるのである。
読後の高揚感も手伝って、僕はそんな気持ちでかなり遠回りしながら家に帰ってきた。なんとも楽しい一日だった。そして鏡をみて現実に引き戻された。おっと、周りから見てる人はこの様子を奇怪な目で見るであろう。
さて、ここまではことの成り行きを追ってきたわけであるが、僕は結構楽しい帰り道を来たわけである。ただ、僕が今日残念に思ったのは、傘がぱくられたという事実そのものよりも、雨が降り出した時点でそのことを諦観とともに予期していたというその事実によってである。僕は雨が降り出して帰る頃になって、正確に言うと、図書館から出て駐輪場所に向かう途中において、あぁ、多分傘なくなってるだろうなぁ。と漠然と思ったのである。そして事実その通りになっていた。僕はそのことがあまりにも悲しいのである。
なぜ悲しいのか。僕はまずそのときの状況を自分なりに想像してみた。おそらく、明るいうちにそんな大胆な行動に出れる人はいない。人通りはとりあえず多いのである。自分が乗らないちゃりから傘をとって別のところに向かうことは結構妖しい行為である。おそらくその人は暗がりの中できょろきょろし、そっと取っていったであろう。結構どきどきしながら。とまぁこんな状況だろう。ここでどきどきしない人はもう悲しいというか哀れなのでここでの対象には入れないことにしようと思う。哀れその一言である。
さてここからはそのどきどきしながら行為に及んだ人を念頭に話を進めていく。その人は突然振り出した雨に驚き、濡れたくない気持ちから傘を取ったのであろう。それ以外にはない。その濡れたくない気持ちというのはその人にとってどの程度のものなのだろうか。僕はきわめて重要性の低い気持ちであると思う。些細な、どっちでもいい、言い切ってしまえば濡れても濡れてなくてもいいが、強いて言えば濡れない方がいいかなくらいのレベルであろう。そんな小さな気持ちからかなりギャップのある(少なくとも僕にはそう思われる)行為に至るのである。
人間はここまでギャップのある行動を起こすだろうか。僕は起こさないと思う。重大事項(突発的な激情に基づく行為など)に関してはそういった可能性はあると思うが、帰路に雨に濡れるか否かの問題でそういったギャップを軽々乗り越えることは早々ないように思われるのである。だれだって何度かはそうした経験があるだろうし、結構日常的な出来事なのである。そうしたとき、なぜこうしたギャップを僕が感じたのにも関わらず、こうした事実が生じているのかということについて、考えられる原因は、二つである。一つ目は、そもそも行為の重大性が低い、すなわち、動機(濡れたくないという気持ち)からしたらかなりの大きな飛躍があると僕が思っている当該行為(傘をとる)が実はとても些細な行為であるということ。もう一つは、そもそも動機がその人の存在に関わるような重大なものであり、仕方がなく行為に及んだというもの。僕は後者に関しては起こる可能性が低いものだと思うし、もしそうであるならば別に構わないと思う。
問題は前者である。後者のような場合にしかこうしたことが起こらないと思えるのであれば僕は悲しくならなかったであろう。しかし、現状を見るに前者(突然の雨のときに傘をあたかもそこに落ちているものかのように扱い自分のものにする)のほうが起こりやすいものであるような気がする。そして僕は、人(もしくは社会を取り巻く状況)はそんなものであるというその結論に容易に至ったその事実(傘が盗られたことはどうせ、今日食うものがないから盗みを働くというような相対的には重大な動機によるものではないのだろうと容易に結論付けてしまえるという事実)と、それを認め、いわば諦観とともにそれを受け入れてしまっている自分自身(そうした社会認識の下それになんら反応することもなく、ただ甘受している状況)に二重の悲しさを感じたのである。
一昨日、下宿の裏山である大文字山にナイトハイクに行った。友人の何気ない一言での行動だったのだがそれがほんとうにきれいだった。大文字から見る京都市街の夜景はびっくりするほどきれいだった。
発端は新学期始まってすぐの飲み会だった。
ことの馴れ初めを語る前に前提を抑えておこうと思う。僕には大切な友達がいる。何回か前の投稿でサークルに失望し、自分自身に失望した話はしたのであるが、この友達はサークル内での友達ではない。一回生のときである。新歓が盛りを迎えている時期、クラスコンパの二次会でたまたま隣になった人と意気投合し、そこからまた人の輪は広がっていき、今の五人に落ち着いた。この仲間とは一回生のときほんと毎夜毎夜集まっては朝まで馬鹿話をしていたものだ。日本の未来についてなど熱く語っていたものだ。どんな5人かというと、とってもやさしい心を持った場を作り出す神様(要するに飲み会での特攻隊長)と将来音楽で食っていくと決めたまじめ誠実であるが故に超ネガティブなやつ、クールでおしゃれだけどいったん話し出すと一直線なやつ、ザ関西人と思いきややわらかさのある親しみやすいやつ、そして僕、の5人である。今後話題に出てくることが多くなってくるメンバーである。
そしてその5人で新学期に飲んでいたのであるが、そこで楽しすぎて次回の日程を決めてしまった。そしてその前日くらいに、そのクールなやつが、太陽の塔読んだら大文字登りたくなったんやけど。と唐突に言い出したのである。そこはのりである。じゃあ明日登ろうぜ。そんな流れで登ることになった。登ってる間もなんかめっっちゃ青春で楽しくて、楽しくて。この5人はほんと好きである。自分を見捨てなくてくれてほんと感謝している。
話はずれてしまったが、そんなこんなでほんとうにきれいで楽しい飲み会だった。そしてぼくは筋肉痛になった。
発端は新学期始まってすぐの飲み会だった。
ことの馴れ初めを語る前に前提を抑えておこうと思う。僕には大切な友達がいる。何回か前の投稿でサークルに失望し、自分自身に失望した話はしたのであるが、この友達はサークル内での友達ではない。一回生のときである。新歓が盛りを迎えている時期、クラスコンパの二次会でたまたま隣になった人と意気投合し、そこからまた人の輪は広がっていき、今の五人に落ち着いた。この仲間とは一回生のときほんと毎夜毎夜集まっては朝まで馬鹿話をしていたものだ。日本の未来についてなど熱く語っていたものだ。どんな5人かというと、とってもやさしい心を持った場を作り出す神様(要するに飲み会での特攻隊長)と将来音楽で食っていくと決めたまじめ誠実であるが故に超ネガティブなやつ、クールでおしゃれだけどいったん話し出すと一直線なやつ、ザ関西人と思いきややわらかさのある親しみやすいやつ、そして僕、の5人である。今後話題に出てくることが多くなってくるメンバーである。
そしてその5人で新学期に飲んでいたのであるが、そこで楽しすぎて次回の日程を決めてしまった。そしてその前日くらいに、そのクールなやつが、太陽の塔読んだら大文字登りたくなったんやけど。と唐突に言い出したのである。そこはのりである。じゃあ明日登ろうぜ。そんな流れで登ることになった。登ってる間もなんかめっっちゃ青春で楽しくて、楽しくて。この5人はほんと好きである。自分を見捨てなくてくれてほんと感謝している。
話はずれてしまったが、そんなこんなでほんとうにきれいで楽しい飲み会だった。そしてぼくは筋肉痛になった。
いつだって前途は多難である。僕は今まで生きてきた中で、そんなに長いものではないのだが、余裕を持って何事かを成し遂げられた経験というのがない。そもそも余裕を持った取り組みすらしていないのだから当たり前といったら当たり前なのであるが。
そして今日新事実が明らかになった。大学院試験のためにはなんと語学のスコアが必要なのである。いや、知らなかったというより今日、改めて時間がないことを再認識したと表現した方が適切かもしれない。スコアの発行には一ヶ月を要する。これはびっくりである。また受験料が170米ドル。いくらサブプライム以降ジェットコースターのようにすすんだドル安とは言え、学生にとってはかなりの痛手である。ふぅ。
まぁ事務的な問題は解決できよう。問題は大学生活において恥ずかしながらというか、ご多聞にもれずというか、大学生活の中で、高速道路から眺める景色のように大学受験という一瞬の輝きを放ってはかなく車窓の淵に消えていった英語力をはたして取り戻せるのかということも最大の問題である。
これからTOEFL受けるまでの一ヶ月間。英語漬けで頑張るしかないのである。しかし語学一朝一夕でどうにかなるものではないと思いながら、最後の抵抗を見せるというか、見せるしかない。
そして今日新事実が明らかになった。大学院試験のためにはなんと語学のスコアが必要なのである。いや、知らなかったというより今日、改めて時間がないことを再認識したと表現した方が適切かもしれない。スコアの発行には一ヶ月を要する。これはびっくりである。また受験料が170米ドル。いくらサブプライム以降ジェットコースターのようにすすんだドル安とは言え、学生にとってはかなりの痛手である。ふぅ。
まぁ事務的な問題は解決できよう。問題は大学生活において恥ずかしながらというか、ご多聞にもれずというか、大学生活の中で、高速道路から眺める景色のように大学受験という一瞬の輝きを放ってはかなく車窓の淵に消えていった英語力をはたして取り戻せるのかということも最大の問題である。
これからTOEFL受けるまでの一ヶ月間。英語漬けで頑張るしかないのである。しかし語学一朝一夕でどうにかなるものではないと思いながら、最後の抵抗を見せるというか、見せるしかない。